映画『ムーン・ウォーカーズ』 PRODUCTION NOTE

NOTE01

世紀のブラックコメディはこうして誕生した!

ありそうなのに、誰も描こうとしなかった世紀の都市伝説を映像化しようと考え出したのは、アントワーヌ・バルドー=ジャケ監督。天才クリエイターとして数々のCMで高い評価を受けてきた彼が、ミシェル・ゴンドリー監督の敏腕プロデューサーで知られるジョルジュ・ベルマンに原案を見せたのが始まりだった。「もともとアントワーヌはCMディレクターとして何年もパルチザンで働いていて、一緒に仕事をしてきた仲間だった。その彼がある日、4ページのストーリーを持って私のところにやってきたんだ」。そしてそれこそが、映画『ムーン・ウォーカーズ』誕生の瞬間だった。アントワーヌ・バルドー=ジャケ監督に絶大なる信頼を寄せるベルマンは、この4ページのストーリーがユーモアあふれるオリジナルなコメディになることをその場で確信していたのだ。「私が初めてアントワーヌに会ったのは15年前。彼が初めてミュージックビデオを撮影した直後だったんだけど、会ってすぐに彼に才能があふれた人物であることが理解できた。彼には比類なきアートの感性と、誰にも真似できない独特のコメディセンスがあるんだよ」。

NOTE02

4ページの原案のアイデアはいかに!?

「もともと僕は性格のまったく異なる二人の人物が、何か一つのゴールに向かって協力せざるを得なくなるというシチュエーションが大好きなんだ。必ずくだらないことで衝突が生まれ、笑いを誘うから。そこで思いついたのが『ムーン・ウォーカーズ』のアイデアだった」。アントワーヌ・バルドー=ジャケ監督が、自分の笑いのセンスを思いっきり反映して生み出したのが4ページのオリジナルストーリーだった。「CIA諜報員を60年代のスウィンギング・ロンドンに送りこみ、どう考えても彼が苦手なヒッピーたちと月面着陸の映像を捏造させるんだ。このコンビネーションだけでも最高に面白いコメディになる可能性を感じたよ。そこに『ビッグ・リボウスキ』(98)に出てきそうなおバカな登場人物たちと、『スナッチ』(00)的なアクションを散りばめたんだ。『月面着陸』という言葉をGoogle検索してみたことはあるかい?もしなかったら一度検索してみるのがいい。今でもどれだけ大勢の人たちがこの陰謀説に興味があるかが分かると思うから」。ちなみに、本人は実際にスタンリー・キューブリックが月面着陸の映像を撮影したという陰謀説を信じているかと言うと……。「絶対にないね(笑)」

NOTE03

最大の挑戦は60年代スウィンギング・ロンドンの再現!

60年代のロンドンは、音楽、ファッション、アートなど、若者を中心とした文化の発信地として新時代の到来を告げ、勢いと熱気に満ちていた。本作の舞台はそんな「スウィンギング・ロンドン」と呼ばれた69年のロンドン。製作チームにとってこの時代を再現するのが何よりのチャレンジだったという。ところが、アントワーヌ・バルドー=ジャケ監督によると、「実は撮影自体はロンドンではなく、ベルギーのブリュッセルで行ったんだ」。その代わり「ほとんどのシーンを室内で撮影して、残り部分は衣装で雰囲気を出すようにしたよ」とのこと。そんな彼が69年のイギリスを舞台にした映像作りに際し、参考にしたのが次の3作品だという。「ドナルド・キャメルとニコラス・ローグが監督し、ミック・ジャガーが出演した『パフォーマンス 青春の罠』(70)。それから69年にロンドンのハイド・パークで行われたローリング・ストーンズによるブライアン・ジョーンズ追悼コンサートの様子をドキュメントした『The Stones In the Park/ハイド・パーク・コンサート』。さらにスウィンギング・ロンドンを舞台にしたミケランジェロ・アントニーオーニ監督の『欲望』だね。また69年は音楽にとっても素晴らしい年だった。それこそローリング・ストーンズやデヴィッド・ボウイ、それにレッド・ツェッペリン……。でも僕は誰もが知っている曲ではつまらないから、それ以外の曲を使いたいと思ったんだ(例:クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの「フォーチュネイト・サン」)。同時に、作曲家のアレックス・ゴファーと一緒に、現代的雰囲気もありながら60年代テイストを含む音楽を、現代音楽の手法で作ることにしたんだ」

NOTE04

ロン・パールマンも激怒!?困難を極めたキャスティング道

「よく考えてみてほしい。監督は今作が映画デビューで、しかもインディペンデントのプロダクションによるコメディ作品……。誰しもリスクの方を考えてしまうのは当然で、キャスティングが困難を極めるのは当然のことだ。ただ、幸運なことにキャストたちは脚本と監督を気に入って出演を決めてくれたんだ」。ジョルジュ・ベルマンは難航したキャスティングに関してこう語っている。さらに、アントワーヌ・バルドー=ジャケ監督も、「ルパート・グリントとロン・パールマンは気さくで、とても素晴らしい俳優たちだったよ。彼らは真逆の性格で、それが映画にとってはパーフェクトだったし、なによりもハリウッドのメジャー作品で名立たる監督たちと一緒に仕事をしてきているのに、こんな誰にも知られていない映画監督とインディペンデント映画を撮ることになっても、なんの文句も言わず、逆に私を助けようととても協力的だった。本当に素晴らしい二人だったよ」と主演の二人を絶賛しながらも、キャスティングがいかに大変だったかを匂わせた。しかも、撮影初日に、ロン・パールマンが『ヘル・ボーイ』さながらの威圧感で、現場を恐怖で震撼させるというハプニングまで起きていた。それは「ロンが撮影の衣装である花柄のヒッピーシャツが嫌で、撮影初日にそれを着なくてはいけないことにすごく腹を立ててしまい、そのシャツを着て撮影現場に来るのを拒否したんだ。僕は彼の役を完璧なものにするのに、そのヒッピーのシャツに腹を立てることは必要なんだと、彼をなんとか説き伏せたけど、あの出来事は今でも強烈に心に残っているよ」と監督。そのロン・パールマンが演技を忘れて、リアルに怒っているヒッピーシャツのシーンは映画を観れば一目瞭然なので、ぜひ注目してほしい。